ニュージーランドでEV普及率が50%から5%に激減した納得の理由
EV普及の「減速」が指摘される中でも、大半の国では新車EV率は増加を続けています。
例えば、2022年には世界の新車の約 7台に1台がEV でしたが、23年には 5台に1台になりました。
そんな中で、最近新車EV率が劇的に減った珍しい国があります。
それがニュージーランドです。
なんと、ニュージーランドでは、一時50%に達していましたが、5%あまりに低下したのです。
この激しい乱高下はなぜ起きたのでしょうか?
そして、これは日本でも起こりうることなのでしょうか?
ニュージーランドのEV騒動について解説します。
ニュージーランドのEV事情
まず、ニュージーランドは、車をほとんど輸入に頼っている国です。
一度だけ行ったことがありますが、左側通行であることもあって日本車も多く、トヨタはもちろん、日本以上に三菱の車が普及していたのが印象的でした。
EVに関しても、様々な国のEVが集結していて、
この3か月の販売台数のランキング でも、以下のように米中独韓日のメーカーに分散していますが、ニュージーランドのメーカーはありません。
- テスラ Model Y
- BYD Atto 3
- テスラ Model 3
- フォルクスワーゲン ID.4
- BYD Dolphin
- ヒョンデ Kona
- 日産 Leaf
このように、自国の自動車産業がないに等しいニュージーランドでは、
中国や東南アジアなどのように「EV産業を育てるためにEVを推進する」という動機は働きません。
したがって、ニュージーランド政府にとってEV化を進める理由は、主に 環境問題への対策 です。
公式サイトにも、このように書かれています。
政府は、他の低排出交通手段とともに、電気自動車の普及を支援することを熱望している。電気自動車は、気候変動に有害な排出ガスを削減 するだけでなく、その地域にとって有害な大気汚染物質も削減する。
なお、ガソリンの代わりに電気で車を動かすことで環境負荷を大きく削減できるのは、
ニュージーランドでは、水力や地熱発電の割合が多く、再生可能エネルギーで電源の8割を賄っていることもあ背景にあります。
「完璧すぎた」EVへの優遇政策
2021年、アルダーン首相は、気候変動対策の一環として、"Clean Car Discount Scheme" を始めました。
この制度は、EVなどクリーンな車を安く買うことができる補助金 のようなものですが、
通常の補助金とは決定的な違いがあります。
国家予算とは切り離されている(revenue-neutral) ことです。
というのは、クリーンな車へのRebate (補助金のようなもの) に必要な財源は、
同時に、環境負荷の高い車を買う人から Fee (税金のようなもの) を徴収する ことで賄うからです。
このような制度は一般的にFeebate方式と呼ばれ、環境負荷の低い車は安くなると同時に、環境負荷の高い車は高くなるため、
人々に環境負荷の低い車を選ぶように強力に促すことができます。
財源が自己完結的なので、国債を発行する必要がないというのも政府にとっては魅力的だったでしょう。
実際に、この制度の導入以降、ニュージーランドでのEV率は右肩上がりを続け、一気にEV普及先進国となりました。
強力な政策だったことは間違いないでしょう。
そして、政権交代が起きた
しかし、この制度は、2023年の国民党への政権交代によって廃止されました。
なぜなら、この制度は、「ユート税」と呼ばれ、国民党の支持層から非常に不人気だったからです。
ユートとは日本で言うピックアップトラックのことで、荷物を多く詰めることなどから、オーストラリアやニュージーランドでも愛されてきました。
その反面、重量が重く、排出ガスが多いため、ユートを買うにはFeeを支払う必要があります。
一般的に、重い車ほど走行距離あたりの排出量が多い訳ですが、この制度では、走行距離あたりの排出量に応じてFeeとRebateの対象が決まっていました。
つまり、ユートを買う人にとっては、この制度は一種の増税となるわけです。
特に農家などは、仕事のためにこの種の車を必要としているそうで、そのニーズを満たすようなEVはほとんどないと感じていたため(日本人の感覚ではつい軽トラとかでいいじゃんって思ってしまいますが)、この制度に対して、相当の不満を抱えていました。
もちろん、それを当時の野党である国民党が見逃すはずもなく、「ユート税の廃止」は選挙の公約となり、
政権交代が起きると、この制度は廃止されました。
駆け込み需要とその反動
そして、補助金が急に廃止されることになったニュージーランドでは、当然駆け込み需要が発生します。
中国で行われたような段階的な廃止ではなく、政権交代による急激な廃止なので、
その「駆け込み需要」はとても大きく、
廃止直前の12月には、新車乗用車の50%以上がEVとなるという事態になりました。
しかし、駆け込み需要が大きいと、その反動も大きく、
制度が廃止された翌月には5%と、約9割減と、急激に低下したのが分かります。
その後は、数か月かけて反動から回復し、10%前後にまで、つまり、制度開始前よりは高い普及率にまで持ち直しました。
その上で、今後ニュージーランドで普及率が横ばいになるのか、また上昇トレンドに向かうのかは、
「補助金を急激に廃止した後に、EV普及がどのように進むのか?」を占う貴重な前例となるでしょう。
まとめ:Revenue-Neutralな政策の罠
環境政策の文脈では、ある制度に必要なお金をその制度の中で賄い、国家予算とは切り離す(revenue-neutral) ことがあります。
それは、財政への負担をなくすことで政府にとって実行しやすい政策になるわけですが、
国家予算から切り離すことで予算審議の対象から外し、政権交代などがあっても制度が廃止されにくくするという狙いもあります。
実際に、再生可能エネルギーの固定価格買取制度もRevenue-neutralな政策ですが 、日本を含めて多くの国で、政権交代の波を耐え抜いて存続してきました。
しかし、この「ユート税」に関して言えば、Revenue-neutralであったことこそ、制度廃止の原因と言えるかもしれません。
財源をユート等の環境負荷の高い車への追加負担に求めたことで、反発を生み, ”Clean Car Discount Scheme"ではなく「ユート税」として呼ばれ、批判されることになったからです。
そして、その結果、急激な補助金の廃止による駆け込み需要とその反動が生まれました。
日本でも、いつかはEV補助金を廃止する必要があります。
徐々に補助金を廃止しながらEV普及率を高めてきた中国のような例もありますが、ニュージーランドのようなEV率の乱高下を生んだ地域もあります。
他の国の事例も参考にしながら、日本流の脱補助金のEV普及戦略を練っていく必要があるでしょう。
現在の日本のEV政策については以下を参照してください。